2011年3月18日金曜日

被曝について

最近テレビにもご出演なさってる、広島大学の原爆放射線医科学研究所の星さんに、大学生の頃、縁あって被曝者の臓器が何千と収めてある部屋に案内してもらったことがある。

http://home.hiroshima-u.ac.jp/forum/2003-4/gakumon.html

あの重く冷たい鉄扉が開いた瞬間に体が感じたことは、一生忘れることはないだろう。
何千もの放射線を浴びた臓器が真空パックに詰められて、まるで図書館の本のように陳列されているのだ。
だから、今でも豚肉なんかが真空パックに詰められているものをみると、例えようのない嗚咽感に苛まれることがある。

一方、広島に帰ってタクシーに乗り、(まあ口が悪いおじさんが多いのだけど)よくよく話をしてみると、爆心地のすぐそばで被爆した人だったりすることがある。
それでいながら無傷で元気にタクシードライバーなんかを続けている。
当然被爆もしている。
そんな人もいる。



被曝者差別のことだって子供の頃からうんと聞かされてきたし、韓国人原爆犠牲者慰霊碑の問題に幼心に不条理と日の丸に恥を感じていた。
かたや、わけのわからぬ金髪の外人がやってきて「放射能は大丈夫か?」と哀れまれたりもしてきた。



また、金髪の外人にヒロシマのアーティストとして「君はどんなことをやってきたんだ」ともよく聞かれる。
そんなの知らねえよ、と思う。
原爆、原発、いいわけないだろ。
それよりは、どうして世界がそのような選択に至ってしまったのか、どうして人がそのような選択をしてしまったのかの方に強く意識はある。

私見だが、ヒロシマの人には2重の相反するバイアスが呪いのようにかかっている。
ヒロシマという被害地、被害者としてのバイアス。
敗戦した大日本帝国民であるというバイアス。

そのバイアスをくぐり抜けて出てきた1980年生まれの自分の魂は、意識は、こうなった。

個だけ考えていても、集団のことだけ考えていても何も見えてこない。
二元論では何ひとつ浮かび上がってこない。
善悪、正否、嘘ほんと。
いやよいやよも好きのうち。
それらの相関関係、複雑さそのものを相対化することでしか、心、体、に感覚が響かない。
そのプロセス自体を器の上に載せることでしか、胸は打たない。
結局のところ、その器は僕にとっては演劇だった、そういうことになる。

ってことを、
聞いてくる外人には言いたいのだけど、そういう外人がやってることってのは、こういうことだったりするから、話すのあきらめてる。
やる方が早いから。

http://femen.livejournal.com/142277.html#cutid1

ウクライナ人のこの人たちにかかったバイアスは、こういう器での表現を産んだ、それだけのこと。
でもこういう人たちはこぞって寛容な人たちだから、一度通念しあえば、楽しい友達になれる。



大学生の頃、イタリアに古美術の研修旅行に行って帰ってきた時のヒロシマの光景も僕は忘れることはないだろう。慣れ親しんだ町が、たった50年程度で造られた街であるということ。イタリアのような古町と比較してはじめて実感として気がついた。



核はだめだ。原発はだめだ。
でも、駄目だ駄目だ、と言うことは、自分には向いていないと思う。まあ言うけど。
そうではなくて、「駄目だ」と理解できる人々を作る土壌を、つまり「駄目だ」という思考のインフラ、心と言い換えてもいい、それを整えることの方が自分には向いていると思う。
平たく言えば、そういう仕事をしているとも思っている。



話は戻って、俺は星さんの言う事をおおむね信じるよ。

何千という体外、体内被曝した臓器を前に仕事をしているプロフェショナルなんだ。
しかしながら、誰かが言うことをまるごと鵜呑みにしたり、ましてやどこかの門外漢がわーわー言うとるのを丸ごと鵜呑みにするほど、おれの心のインフラは壊れちゃおらんし、壊しちゃおれんよ、ナウ。

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